今、わたしはテネシーに住んでいて、車で10分も走らせれば牧場でのびのびと生活する牛や馬、鶏たちに会える環境にいます。ありがたいことに、酪農家から直接新鮮なミルクを買うこともできるような素晴らしい環境です。
そんな環境で暮らしていることもあり「日々自分がいただいているお肉はどのように育てられ、どのようにしてスーパーまで運ばれているんだろう?大切に育てられているのかな?」と興味を持つようになりました。
そんな中ふとGeminiに、動物福祉に関する質問を投げかけてみることにしたのです。
2025年8月、初めて動物福祉に関して以下の質問をしました。
『オーガニックの肉製品を選ぶことも動物福祉につながる?』
元々私は、妊娠した辺りから、自分と我が子の体に良いものを取り入れたい、という気持ちでオーガニックに興味を持ち始め、そこから環境への負荷や、動物福祉の観点にも関心が広がっていきました。
ただ、このタイミングでは深く調べることはなく、2026年2月というかなり最近のタイミングで、より動物福祉について興味を持ち、詳しく質問をすることにしました。
「私が購入したこの鶏肉は生まれてからどれくらいで出荷されているのかな?心地よい環境で育ったのかな?どうやって処理されるのかな?痛くないかな?」
「ケージフリー(平飼い)ではない鶏は、生まれてから死ぬまでケージの中でほとんど動けないの?『廃鶏』ってどういう意味?」
「安い鶏肉は適当に扱われているのかな。動物を食べることに罪悪感を感じることがある」
「牛や豚を食べるのはかわいそうだと思うことがあるけれど、鶏肉は食べ続けているという矛盾についてどう思う?」
「日本の外食店で提供される肉は、アニマルウェルフェアに従って処理されているの?」
質問内容や言葉選びからお察しの通り、私は自分がいただいてきたお肉の扱われ方について、約30年、ほとんど何も知らずに生きてきたのです。
もちろん知識が全くの0だったわけではありません。
大学生の頃、社会科の教員を目指していたこともあり、中央卸売市場が開設した「お肉の情報館」という施設を訪れたり、ヴィーガン主催のイベントに参加したり、またオーストラリアでワーホリ生活をしていた時は、ヴィーガンの友人や、動物園に行かないなど動物福祉に関心を持っている友人に出会う機会もありました。
ただそれでも「食肉市場への偏見って根強いんだな」とか「ヴィーガンやベジタリアンの人っているんだな」くらいにしか捉えておらず、どこか他人事のような、教材研究の1つに過ぎないような感覚でいました。
それが5年以上経った今、SNSで動画や写真付きでより詳しい情報が手に入れやすくなったこと、またAIへの詳細な質問が容易になったことで、アニマルウェルフェアについての情報がどんどん飛び込んでくるようになりました。もう他人事では済ませられないほど、脳裏に焼きつくような辛い画像や動画、そして言葉だけですら目を背けたくなるような残酷な事実が私を突きつけて、行動せざるを得ない状況まで追い込まれました。
以下はほんの一部ですが、人間が動物をどのように扱っているかについて、AI(Google Gemini)にまとめてもらった内容です。
ここから先は、人によっては大きなショックを受けてしまう情報かもしれません。辛い現実に目を向けたくないと感じる方もいらっしゃると思います。そう感じるのは、あなたが命に対して優しい心を持っている証拠であり、そのお気持ちを私は心から尊敬します。
•卵を産めないオスのヒナは、肉用種ほど効率よく太らないため、孵化直後に殺処分されるのが通例で、粉砕機(シュレッダー)や炭酸ガスで殺されてしまう。この「不要」とみなされた命の扱いは、世界中で年間約70億羽にものぼると言われている。
•妊娠したメス豚は「受胎から出産直前までの期間を後ろを振り返ることすらできない狭い金属製の檻(妊娠ストール)で過ごし、その後は別の狭い檻(分娩ストール)に移される」というサイクルを一生繰り返す。掃除を楽にするためにコンクリートや金属のスリット(隙間)が入った床であることが多く、クッション性がなく、ひづめを痛めたり、関節炎を起こしたりすることが非常に多い。体の向きを変えられないため、常に同じ場所が檻の柵に当たり続け、皮膚が擦りむけて炎症を起こすこともある。豚は本来、非常に知能が高く、土を掘ったり仲間とコミュニケーションを取ったりする知的な動物で、その本能を完全に奪われることで異常行動を起こすことがある。
•卵を産む鶏は太陽の光を一生浴びることもできず、羽を伸ばすこともできず、狭いケージの中でぎゅうぎゅうに詰められながら過ごす。1羽あたりの面積はわずか430〜600㎠程度と言われていて、これはA4サイズの紙(約623㎠)よりも狭いスペースである。 その狭い中に数羽が押し込められるため、一生の間、一度も翼を広げることすらできない。狭い空間でのストレスからくる仲間同士の殺傷を防ぐために、ヒナのうちにクチバシの先を焼き切る「デビーク(断嘴)」が行われる。鶏のクチバシには神経が集中しており、非常に敏感な器官にも関わらず麻酔なしで行われるこの処置は、彼らにとって激しい痛みを伴う。卵を産み始めてから1年ほど経つと、生産性が落ちてくるため、無理やり卵を産み続けさせるために「強制換羽」が行われる。1〜2週間ほど一切の餌(場合によっては水も)を与えず、照明を消して、絶食状態に追い込むことで、鶏の体は生命の危機を感じ、羽が抜け落ち、一度産卵が止まるが、再び餌を与え始めると、ショック療法のように一時的に卵の質と量が回復する。この過酷なプロセスに耐えられず、死んでしまう鶏も少なくない。本来、鶏の寿命は10年ほどと言われているが、採卵鶏として酷使された鶏は、卵の質が落ちる約2年弱で「廃鶏(はいけい)」として出荷される。 長い間ケージに閉じ込められ、運動もできず、卵を産むために体内のカルシウムを使い果たした彼女たちの骨はスカスカで、もろくなっている。最後はスープの出汁や加工肉の材料として、その短い一生を終える。
•牛が乳を出すためには出産が必要だが、生まれた子牛は通常、数時間〜1日以内に母親から引き離され、母牛は子牛を探して何日も、時には声が枯れるまで鳴き続ける。それに応えるように、別の場所に隔離された子牛も母を呼んで鳴き声を上げる。引き離された子牛は、「カーフハッチ」と呼ばれる、犬小屋のような小さな白い箱に一頭ずつ隔離されて育てられる。本来仲間と遊び、触れ合うべき時期に、子牛はたった一頭で、狭いスペースで過ごすことになる。鏡を見ると仲間だと思って近寄っていくほど、彼らは孤独に敏感な生き物である。母牛は出産して数ヶ月後には再び人工授精が行われ、次の妊娠期間中も搾乳が続けられる。この過酷なサイクルにより、本来20年ほど生きられる牛の体はボロボロになり、わずか5〜6年で「経済寿命」が尽きたとして、肉用(廃牛)として出荷される。
•多くの酪農場では、管理のために牛を首元で繋いだままにする「繋ぎ飼い」が行われていて、これにより、牛は自由に歩き回ったり、仲間と交流したりすることができない。前後に数十センチ動ける程度で、一生のほとんどをその数歩の範囲内で過ごす。180度向きを変えることすらできず、常に同じ方向を向いたまま、食事、排泄、睡眠、そして搾乳が行われる。
—— 出典:Google Gemini との対話より(2026年4月6日参照)
嘘だと信じたいけれど、どれも確かに今この瞬間も行われ続けている飼育方法だそうです。
私は事実を知れば知るほど、これまで動物たちの苦痛を知らずに肉を食べ、牛乳を飲んできてしまった自分に絶望し、悔しくて、苦しくて、悲しくて、ひたすら泣き続けました。こうやって泣いてる自分が偽善者なのは分かっていて、それでもどうすることもできず、また絶望的な気持ちになりました。
特に、母牛が出産後すぐに子牛と引き離されてしまう事実には、1人の母として、自分が同じような状況に置かれたら?と思うと想像しただけで苦しくなり、もう牛乳は飲まない(子牛のための大切な乳を私が奪ってはいけない)と強く決意するに至りました。
また乳牛だけではありません。食肉として扱われるメス豚やメス牛も同じです。
望むかどうかに関係なく妊娠をさせられ、誰にも妊娠を祝福されることなく、冷たくて狭い場所で孤独に過ごし、命懸けで出産したかと思えば子はすぐに引き離される。
人間は、そこまでして動物の肉が必要なのでしょうか?
ちなみに乳牛に関しては、どれだけアニマルウェルフェアに沿って育てている牧場ですら、やはり子牛を引き離すところが多いそうです。子牛に与えた上で余剰分だけを人間がいただく方針の農場もあるそうですが、当然量は少なく、手軽に手に入れることは難しいのだと思います。
「自分は本当にこれまで、動物たちにどれだけ酷いことをしてきたのだろう。」
何度も泣きました。ただ、自分がこうやって泣き続けていても動物たちは何も救われません。
だからこそ、本当に小さな一歩でも、できることをやって、昨日より今日が、今日より明日が動物たちにとって良い世界になるよう行動しようと決意したのです。
ブログへの投稿はその一歩です。
その他にも、
•日本の信頼できる団体へ少額の寄付
•アメリカで訪れた農場へ、ポニーライドのポニーへの扱いについての改善依頼を求めるメール
•アニマルウェルフェアに沿ったサービスを行っている秋川牧園さんへお礼のメール
•動物たちの誤飲やひっかかって怪我をするリスクをとどめるための街のゴミ拾い
•環境や動物への負荷をとどめるために出来るだけオーガニック製品を選んだりリサイクルをしたりする
など、微力ながら出来ることから実践しています。
地球規模から見ればなんて事のない活動ですが、私が何もしなかった時よりも、世界はほんの少し改善に向かって進んでるんだ!と、自分で自分の背中を押して行動し続けるようにしています。
実際にお返事をいただけた団体もあり、心から感謝しています。
そして食生活についてですが、完璧ではないものの、大きく変えました。
•魚は基本的に一本釣りで、ターゲット以外の海洋生物を傷つけない、持続可能な漁業で獲られた魚のみをいただく
•豚肉や牛肉は基本的に食べない ( 他の動物と比べて命の選別をしているようで心苦しいが、彼らは特に、心理的に食べることが難しくなっている )
•鶏肉は、全ての鶏が「Free-Range(放牧)」で育てられており、外に出て日光を浴び、地面をつつくといった本能的な行動ができる環境が保証されていて、できるだけ苦痛の少ない方法で処理された鶏肉のみいただく
•牛乳は、子牛に与えられるべきものなので私は一切いただかず、我が子の分は感謝していただく。我が子に与える牛乳は、アニマルウェルフェアに沿った農場で育てられているものを選ぶ。見つからない時は、無理に買わない。
・卵や牛乳、チーズを使った加工食品は、どこでどのように育てられたかわからないことが多いため、食べない
また、ここは矛盾していると思いますが、
•義理の両親や大切な友人と一緒にご飯をいただく時は例外とし、どんなものでも美味しく、楽しく、感謝して頂く
このような私の食生活の方針は「エシカル・セレクトタリアン」と呼ばれるそうです(厳密には、上記の例外があるのでエシカル・セレクトタリアンには含まれないのかもしれません)。
エシカル・セレクトタリアンについてAI(Google Gemini)に質問したところ、以下のような回答が得られました。
背景の透明性: 「どこで、誰が、どのように」育てたか不明なものは、たとえ肉でなくても(卵や乳製品でも)拒否します。
アニマルウェルフェア(AW)の遵守: ケージ飼育の卵や、過酷な環境で育った牛・豚などは一切買いません。
「納得感」の優先: 自分がその命の「最期の瞬間」までを想像し、安らかであったと納得できるものだけを感謝していただきます。
柔軟な厳格さ: 外食など、透明性が確保できない場所では、リスクを避けるために「ヴィーガン」を選択するという論理的な行動をとります。
—— 出典:Google Gemini との対話より(2026年4月6日参照)
新しい食生活スタイルを開始してからは、まだ2週間も経っていません。
またこれから勉強していく中で、自分にとってより納得のいく形を見つけていけたらと思っています。
ちなみに、日々の情報は「非政府団体 アニマルライツセンター」や、日本でもかなり先駆けて動物福祉に着目した農業サービスを行っている山口県の「秋川牧園」など、信頼できる情報から得るようにしていますが、日本だけでなく海外でも信頼できる団体や会社の情報などを見つけて、理解を深めていきたいです。
最後に、ここまでもし読んでくださった方がいたら、決して快く読める内容ではないにも関わらず読んでくださって、本当にありがとうございます。
そして、この話を最後まで聞いてくれて、私の考えを尊重してくれた夫とお母さん。本当にありがとう。2人の心強い理解者がいるからこそ、私は前向きに行動し続けることができます。
明日が動物たちにとって少しでも明るい1日でありますように。
動物たちが本来のように伸び伸びと生きられる日が近づきますように。
太陽の光を1日でも早く浴びられるように、私はずっと行動し続けるからね。

コメント